巨象も踊る

巨象も踊る

巨象も踊る

1990年代、当時業績不振に陥っていたIBMのCEOに就任したルイス・ガースナーが2002年に書いたIBM復活の回想録です。読み物としても面白いのですが戦略の教科書としても申し分ないレベルに仕上がっています。成功した会社の代表が書いた著書は、自身の成功体験をただ綴っただけのものが多いのですが、同書はルー(ルイスの愛称)がマッキンゼー出身ということもあって、非常に思慮深い内容に仕上がっています。


同書の内容は以下の五部立てです。


第一部:掌握
第二部:戦略
第三部:企業文化
第四部:教訓
第五部:個人的な意見


とはいえこの本のエッセンスは第四部の『教訓』に全て集約されており、その他の部はこの四部を説明するために準備されているといっても過言ではないほど、企業戦略の真髄が詰まっています。

第四部の内容を簡単に説明すると、優れた組織が持つべき基本的性格として以下の3つについて述べています。

  1. 焦点を絞り込んでいる
  2. 実行面で秀でている
  3. 顔の見えるリーダーシップがすみずみまで行き渡っている


1. 「あれもこれもやるのではなく集中する」これは言うは易いのですが、多くの企業がなかなかできないことの1つであり、更に「何に集中すべきか?」という問いには、市場、自社、競合の3つについて細部まで調査することで自動的に決まって来ると述べられています。
2. 「戦略とは実行を伴って初めて輝くもの」と説明されています。そしてこれはまさしく日常的な業務であり非常に退屈だが同時に最も重要なことだとも語られています。
3. 「指導者は自ら腕まくりをして戦略と実行を率いなければならない」としています。そして「すべての組織は1人の人間の長い影にすぎない」ともしています。


上記の三原則は私にとって非常に衝撃的でした。今までいくつかの戦略本を読んできましたが、それらの内容のほとんどは上記の三原則にまとめられているとすら感じました。
ルーは(マッキンゼー出身ながらも)あまり座学が好きでなく、「答えは現場にこそある」との主張を持つ方だそうですが、このような原則をしっかりと持った上で現場主義を徹底したからこそIBMを再建できたのではないかと思います。私も事業戦略を練る人間の端くれですが、確かに知識は多ければいいとは限りません。多くの知識は時として判断を惑わすとすら思うことがありますが、同書を読んで『原則主義かつ試行錯誤』の方が上手くいくのではないかと強く感じました。


その他の感心した部分としては、著者のルーが非常に時代と市場の流れを的確に読んでいることです。なんでも後になってみれば「まあそうだよね」といえることの多い世の中ですが、1990年代にビジネスのIT化を『Eビジネス』として定義し、それに従った戦略を構築した筆者の先見力と実行力は驚くばかりです。同書には筆者が世の中の流れを読む際に使用した思考法などについても軽く言及されていますが、その考え方は今の時代にあっても非常に参考になるものでした。それは簡単にいうと、「変わるのは道具であって人間の営みは何ら変わらない。新たな道具が営みに与える影響を深く考えればおのずと答えは出る」というものです、これは真理だと思いました。


『ライフサイクル イノベーション』も非常に良い本でしたが、同書はそれに勝とも劣らない内容でした。私がこの二冊の本から受けた影響は今後の私の飛躍を確信させるに十分なものでした。良い本に出会えて感謝です。